2026年5月18日月曜日

説教されてとりあえずあやまるのはなぜか

 説教されると、「すみません」とあやまる。なぜだろう。説教されることから、解放されるからだ。あやまれば、説教されなくなる。不満はあっても、その気持ちは抑えて、あやまればいいやとなっているのだ。 

【引用はじめ】

 上司や教師に説教されると、内心は腹を立てていても、とりあえず「すみませんでした」とあやまることはよくある。「すみません」という行動が強化されているわけだ。理由は、あやまることで、直前から直後にかけて、「説教あり」⇒「説教なし」に変化することにあるだろう。本心に忠実に反論したりすると、ますます説教がエスカレートするが、とりあえず、口だけは「すみません」と言えば、「わかったら、次から気をつけろ」と説教から解放される。この嫌子消失の変化が、とりあえずあやまる行動を強化する。 


(舞田竜宣・杉山尚子「行動分析学マネジメント 人と組織を変える方法論」日本経済新聞出版刊 2008.12.16, p.54)

【引用おわり】

 部下があやまる行動は、行動の直後に「説教」がなくなるからだ。上司の説教に対して、部下はあやまる。そうなると、説教しなくなる。説教されていて、部下があやまれば、説教されなくなるという行動の随伴性が成立するのである。嫌子消失による強化である。

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